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花渕浜年表 (明治〜平成)

明  治

初期 鼻節神社修復の際、古銅印が発見される。後に「国府厨印(こくふくりやのいん)」であることが判明する。この印は、多賀城に国府が置かれていた証となる貴重なものであった

21年 第二高等学校(現東北大学)英語教授ハーレル博士が狩猟の際、高山を発見
22年 東北学院長シュネーダー博士、高山を避暑地として在仙の外国人を勧誘し、7棟の別荘を建築する

32年 宮城県が仙台湾内に商港を開設するにあたり適地を調査。花渕浜を第一候補、塩釜を第二候補として県知事に報告。この時、岩切駅より花渕浜まで線路を敷設することも計画された
33年 花渕浜と東宮浜に代ヶ崎尋常小学校(現亦楽小学校)分教場を開設
36年 菖蒲田浜、花渕浜、吉田浜、代ヶ崎浜、東宮浜に漁業組合が設立される
40年 高山外国人避暑地に999年間の地上権が設定される
41年 花渕浜白坂七番地ほかの村有地を、養蚕奨励のため花渕浜区民に貸付け、桑畑として開墾させる
41年 花渕浜に塩釜警察署の花渕巡査駐在所を置く
大  正

元年 高山27番地(村有地)の山林を土井晩翠に売渡す
2年 花渕駐在所を代ヶ崎浜に移転する
3年 宮城県事業、仙台湾築港として花渕浜に外港を築き、塩釜に内港を設けることを決定する
4年 大正天皇御大典記念として花渕浜金色などに松29,000本を記念植樹する
5年 塩釜築港コンクリート方塊製造所建設のため、花渕浜館下地先の海面7,349坪の埋立てが始まる
5年 花渕浜埋立として、菖蒲田浜韮ヶ森が土石採掘場とされる。土石の運搬にはトロッコが使われた
6年 シュネーダー博士、乳牛飼育のため花渕浜金色に牛舎を建てる
8年 花渕浜築港工事を着工する
9年 七ヶ浜警火組合(後の消防団)が結成され、花渕浜は吉田浜・代ヶ崎浜と共に第三部に配備される
11年 暴風雨のため、延長144メートルまで進んだ花渕浜築港の防波堤が流される。その後も工事を進めたが、何度も高波の被害を受け、翌年工事を中止。塩釜内港の工事だけが進められ、花渕浜の築港事業は幻となる
12年 亦楽尋常小学校花渕浜分教場(学堂)を廃止する
昭  和

2年 花渕浜字長須賀(菖蒲田浜)から館下までの道路、山を開いて開通する。車両が通行可能となる
3年 花渕崎に航路標識塔を設置
6年 北洋カムチャツカへ、吉田・花渕港から日本で初めてサケ・マス船三隻が出漁する。北洋漁業開拓の第一歩となる


9年 長引く凶作の教訓から、花渕浜大山などに備荒山林として松48,000本を植林する
23年 高山地域や小豆浜などが米軍に接収され、脱衣所、シャワー室、休憩室など数棟が建てられる
27年 花渕浜漁業協同組合直営の魚市場が開設される
35年 チリ地震津波来襲。花渕浜でも多大な被害を受ける(七ヶ浜の被害は、流失家屋5、全壊家屋8、半壊家屋20、床上浸水105戸)

36年 第6回国民体育大会夏期大会・ヨット競技が花渕浜吉田浜海域で開催される
39年 花渕灯台が完成。点灯を開始
53年 全国高校総合体育大会(インターハイ)ヨット競技が花渕浜沖で開催される
53年 花渕浜舘下に七ヶ浜町漁民センターが完成
平  成

4年 花渕浜館下に七ヶ浜町水産振興センターが完成
4年 花渕浜高山に特別養護老人ホーム「第二清楽苑」「七ヶ浜デイ・サービスセンター」「七ヶ浜在宅介護支援センター」が開設される
5年 花渕浜大山に「七ヶ浜国際村」がオープン

11年 七ヶ浜町漁業協同組合が誕生
13年 花渕浜タウン紙創刊
15年 花渕浜ホームページ開設